皇紀2685年 令和7年 乙巳 師走20日(土)
奈良県天理市に鎮座します大和神社へ、清掃奉仕に上がります。
清掃奉仕に伴い、BODYPITKYOTOは帰院次第、営業を開始いたします。 日頃より宮奉仕活動へのご理解を賜り、洵にありがとうございます。
■ 大和神社 御祭神 ―――――――――――――――――
・日本大国魂大神(中央)
・八千戈大神(向右)
・御年大神(向左)
日本大国魂大神は、大地主大神(大国主大神)と同神とされ、古く宮中において天照大神と同殿共床で奉斎されていました。
第10代・崇神天皇6年、天皇がその神威を畏れ、天照大神を皇女・豊鋤入姫命により倭の笠縫邑へ遷座された際、日本大国魂大神は皇女・淳名城入姫命の勅を受け、市磯邑(大和郷)へ遷されたと伝えられています。これが大和神社創建の由緒であり、およそ2000余年前に遡ります。
■ 交通安全と国家鎮護の神社 ―――――――――――――――――
奈良時代、朝廷の命により唐へ渡る遣唐使や使臣たちは、出発に際し大和神社へ参詣し、航海安全・道中安全を祈願しました。 万葉集・巻5、山上憶良の歌「好去好来」にも、大和神社の神々へ祈りを捧げ、遣唐使が派遣されたことが詠まれています。 境内には、この歌を刻んだ万葉集歌碑が建立されています。
■ 戦艦大和と大和神社 ―――――――――――――――――
大和神社は、世界最大級の戦艦として知られる戦艦「大和」の守護神を祀る神社としても知られています。
戦艦大和には大和神社の御分霊が奉斎され、昭和16年、堂本印象画伯による日本画《戦艦大和守護神》が制作され、艦長室に掲げられていました。
昭和20年4月7日、鹿児島県坊ノ岬沖にて戦艦大和は轟沈。 司令長官・伊藤整一命をはじめ、2736柱の御英霊、ならびに護衛艦の将兵の御霊が、境内の祖霊社に合祀されています。
大和神社の第1鳥居から第2鳥居までの参道は約250メートル。 これは戦艦大和の全長とほぼ同じ距離であり、鳥居をくぐり参拝することは、戦艦大和の艦首から艦尾を歩むことに重ねられます。
■ 戦艦大和ゆかりの石碑 ―――――――――――――――――
戦後60年を迎えた平成17年より、毎年8月7日に「戦艦大和みたま祭」が斎行されています。 その折にお供えいただいた初穂料により、「戦艦大和ゆかりの神社」と刻まれた石碑が建立されました。
石碑は、乗組員数にちなみ2736mm × 1300mmの御影石を用い、裏面には建立の経緯・目的・祈りが刻まれています。
■ 龍の大絵馬と戦艦大和の几帳 ―――――――――――――――――
京都在住の几帳作家・染色デザイナー 塩谷栄一氏により、 ・波に向かう力強い「龍の大絵馬」(縦3.2メートル) ・「戦艦大和の几帳」 が奉納されています。
塩谷氏は、災害除祈願、日本という地震国に生きる私たちの安堵と再生への祈りを込め、約6か月の歳月をかけて制作されました。 完成直後に発生した東日本大震災を受け、被災地と世界の平安を願う強い祈りが、この奉納には込められています。
■ 終戦80年の節目に ―――――――――――――――――
終戦から80年を迎える本年。 大和神社は、数え切れないほどの神々と御英霊への感謝、そして同じ悲しみを再び繰り返さないという誓いを静かに伝え続けています。
清掃奉仕を通じ、感謝の誠を捧げ、心身を正し、祈りの場を整えることに専念いたします。
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【午前】大和神社(奈良県天理市)清掃奉仕
【午後】帰院次第 BODYPITKYOTO 営業開始
BODYPITKYOTO 院長 藤崎 進一
皇紀2685年 令和7年 乙巳 師走20日(土)
BODYPITKYOTO
📍 京都府京都市北区大将軍一条町134
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🚉 阪急西院駅 徒歩40分(バス乗換可)
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・等持院道 徒歩1分
・北野白梅町 徒歩5分
🚕 タクシー
「西大路一条西に300m南側」とお伝えください。
⚠ カーナビは「関東屋酒店」と表示される場合がありますが、
その場所で問題ありません(酒屋の跡地です)。



