村屋坐彌冨都比賣神社 清掃奉仕 ―姫神の内助の功を仰ぎつつ―
皇紀2685年 令和7年 乙巳 長月23日(火・祝)。
奈良県磯城郡田原本町蔵堂に鎮座する 村屋坐彌冨都比賣神社 にて清掃奉仕にあがります。
当院は明日定休日。
だからこそ心ゆくまで奉仕に専念し、BODYPITKYOTOにお越しくださる皆様の 健康息災と繁栄幸福 を祈念してまいります。
御祭神とご由緒
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主神:三穂津姫命(みほつひめのみこと)
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配祀神:大物主命(おおものぬしのみこと)
延喜式内大社・旧県社で、古くから「大神神社の別宮」とも称されてきました(※)。
『日本書紀』によれば、三穂津姫命は高皇産霊命の御子神。
大物主命が国譲りをされた際、その功績に報いるため、また二心のないようにと妃に贈られた神様です。
このとき、高天原から三本の稲穂を携えて降臨され、稲作を広め国を豊かにしたことから「内助の功」を象徴する神として尊ばれています。
そこから、
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縁結び
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家内安全
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商売繁盛
の神として厚く信仰を集めてきました。
地域の習俗
かつては正月の大とんどに大神神社と村屋神社の火種をいただき、「めおと火」として雑煮を炊き、家内安全を祈る風習がありました。
夫神(大神神社)と妻神(村屋神社)を共にお参りすることで、いっそうのご利益があると伝えられています。
歴史の歩み
天武天皇元年(673年)、壬申の乱の際には村屋神が当主・室屋喜久麿に憑りつき、戦局を導く助言をしたと伝えられています。
この功績により朝廷から位階を賜り、後に「正一位 森屋大明神」と尊称されました。
その後、戦乱の火に遭い一時荒廃しましたが、慶長4年(1599年)、52代神主 大神守屋政重によって再興され、現在へと受け継がれています。
(※「別宮」という呼称は厳密には異なりますが、氏子や崇敬者から親しみを込めてそう呼ばれてきました。)
🙏 清掃奉仕を通じて社頭を清め、御神威を仰ぎながら、地域の安寧と皆様のご多幸を祈り上げてまいります。



